漢方薬と糖尿病

 

漢方薬の本家中国では、今から二〇〇〇年も前から糖尿病のことをわかっていました。

糖尿病は古くから「消渇」(しょうかち)と呼ばれていました。七世紀頃までの間に様々な症状が観察・研究され多飲、多尿、多食(美食)、感染症などに対する対症薬がつくられてきました。しかしそれらは糖尿病に対してあまり効果を示せませんでした。

なぜなら、中国でもインドでも糖尿病のことは古くから論じられてきましたが、膵臓という臓器の存在には気づいていなかったからです。膵臓の存在に気づかず、インスリンというホルモンの役割などには思いもよらなかったのです。結局は糖尿病の本質までたどりつけず、百出する合併症の対応で精一杯だったのです。

ドイツ人医師クルムスによって書かれた「解剖図」のオランダ語版を、日本では一七七四年に翻訳して、『解体新書』と題して出版しました。「膵」という漢字はその時に初めてつくられたものです。

十九世紀になっても漢方医学では糖尿病の原因部位をつきとめられず、尿に糖が混じることから「腎臓の病気」と見ていたのです。漢方医学では糖尿病の根本原因をつきとめることができなかったので、合併症に対する症状緩和薬が主な糖尿病治療薬でした。

糖尿病患者の中にはそのような対症薬がピッタリと合い、非常に効果的な薬があったと思われます。漢方では口渇、多尿、性欲の衰えなどを治療するために「八味地黄丸」(はちみじおうがん)を処方します。また、腹部の膨張感や胸のつかえ、むかむかなどに対しては「大柴胡湯」(だいさいことう)や「小柴胡湯」(しょうさいことう)を処方します。

これらの薬で合併症のつらさから解放されたという患者はたくさんいます。

しかし血糖値にはあまり変化がないのが特徴です。それに「小柴胡湯」では副作用としての肺炎が心配です。「小柴胡湯」では一九九四年の発売以来、肺炎の報告が一八八例あり、そのうち二十人が死亡しています。

今日では西洋医学によって明らかになりつつある糖尿病に対して、より有効な漢方薬をつくるために、中国などでさかんに研究されています。

最近では血糖値を下げる民間薬も知られてきています。

タラノキは枝も、皮も、根も、すべて血糖値を下げる効果があると言われています。また花が咲いているときのカキドオシの葉を煎じて飲めば、血糖降下作用が非常に高いことが知られています。詳しい効果のメカニズムはまだわかっていません。

しかし「糖尿病に効く」というふれこみで中国から漢方薬を買い入れ、その薬を服用した患者が鉛中毒で入院したなどという事件もよく起きているので注意が必要です。

 

 

1998年4月1日付け「朝日新聞」

 無許可輸入の中国漢方薬に鉛

東京都が回収命令 (商品名:珍氏降糖)

大阪の男性、中毒で入院

東京都内の業者が無許可で中国から輸入、販売していた漢方薬に鉛が含まれ、服用した大阪府内の糖尿病患者の男性(60)が鉛中毒を起こしていたことが都の調査でわかった。

都は薬事法違反にあたるとして回収命令を出した。

都によると、薬を販売したのは「日本中国医学情報センター」。20年前から60カプセル入り約4400個を輸入、糖尿病の治療薬として「珍氏降糖」の商品名で全国の約140人に通信販売などで売ったという。

都の検査で、1カプセルから最大4.0ミリグラムの鉛が検出された。鉛は一日の摂取量が0.5~1.0ミリグラムを越えると体内に蓄積し、便秘や貧血腎臓障害などを起こす。

都によると、大阪府の中毒患者はこうした症状で2月中旬から入院しているという。